東京地方裁判所 昭和57年(ワ)471号 判決
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【説明】
当事者の主張は、次のとおり。
「一 請求原因
1 原告会社は、資本金二億九八〇〇万円の株式会社であつて、肩書地に本社を有するほか、都内に室町別館、京橋別館を、神奈川県内に厚木商品センターを、全国各地に一六の営業所を設置し、主として理化学器械および医科機器の販売ならびに輸出入を行なつている。
2 被告らは、いずれも原告会社の従業員であつたが、被告大室、同濱、同大山および同本多は、昭和五四年六月一四日付で、被告木村、同石井および同矢野は、同月二二日付で、それぞれ懲戒解雇となり、原告会社従業員たる身分を喪失したまま、今日に至つている。
3 被告らは、原告会社の従業員であつた当時、別紙立替一覧表中の各被告対応表の期間について、地方税および社会保険料(健康保険、厚生年金保険)の被保険者本人負担を支払おうとしなかつたため、原告会社は、別紙立替一覧表中の各被告対応表記載のとおり、右地方税および右社会保険料の本人負担分を立替払いすると共に、各人に対して、直ちにこの旨を通知して返還方を請求したが、被告らはこれに応じない。
4 被告らは、原告会社の従業員であつた当時、社会保険料の半額(本人負担分)を負担すべき法律上の義務を負つていた。一方、原告会社は、社会保険料の半額を負担し、かつ社会保険料全額を徴収して納付すべき法律上の義務を負つていた。
5 原告会社は、当時従業員であつた被告らの負担すべき地方税に関し、被告らを他の従業員と同様に取扱うという方針のもとに、滞納による被告らの不利益を免れさせるため、その立替払いを任意の履行として行なつた結果、被告らは滞納による不利益を免れた。原告会社は、立替払いの事実を、遅滞なく被告ら各自に対し通知している。
6 よつて、原告会社は、被告らに対し、社会保険料の立替分については、不当利得返還請求権にもとづき、地方税の立替分については、第一次的には不当利得返還請求権、第二次的には事務管理による費用償還請求権にもとづき、それぞれ別紙立替一覧表中の各被告対応表累計欄最下行記載の金員およびこれに対する最後に立替払いした昭和五四年七月六日の翌日から各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2のうち、被告らが原告会社の従業員であつたこと、被告らが、原告会社から徴戒解雇の通知を受けたことは認めるが、その余の事実および主張は否認ないし争う。
3 同3のうち、原告会社が被告らの負担すべき地方税および社会保険料の本人負担分を立替払いした事実は不知、その余の事実および主張は否認ないし争う。
4 同4の主張は争う。
5 同5の事実および主張は否認ないし争う。
特別徴収義務者ではないにもかかわらずなされた本件納税行為は誤まつてなされた納税、すなわち誤納にほかならないのであつて、原告会社としては、税務当局に対し還付の請求をすれば足りる。これに対し、収入の道を断たれた被告らにとつては、例えば納税の猶予を認めてもらう必要があり、これは被告らの権利あるいは法的に保障された地位ということができるが、本請求が許されることになれば、被告らのかかる利益は不当に奪われることになつてしまう。
三 抗弁
原告会社が本件立替払いをなした期間、原告会社と被告らとの間で雇用関係が存続していた。被告らの賃金は月給制で、当時の各賃金の額は別表一記載のとおりであり、原告会社が解雇の意思表示をする以前の賃金不払期間は別表二記載のとおりである。
被告らは、原告会社に対し、本件口頭弁論期日において、それぞれ原告会社に対して有する右期間中の別表一合計覧記載の各金額の賃金債権をもつて、原告会社の本訴請求債権とその対当額において相殺する。
四 抗弁に対する認否
抗弁のうち、本件立替払いをなした期間原告会社と被告らとの間で雇用関係が存続していた事実、別表二の「賃金不払開始日」は、基本給が支給されなくなつた時期とすれば、被告木村、同石井については昭和五三年五月分から被告矢野については昭和五四年一月分から、その余の被告らについては、昭和五四年三月分から基本給が支給されなかつた事実は認めるが、その余の事実は否認する。
五 再抗弁
本件立替払いの対象期間中、原告会社が被告らに対し、基本給与等給与の一部を支給しなかつた経緯は、次のとおりである。
1 被告木村、同石井について
原告会社においては、転勤を命じられた従業員は、七日以内に赴任しなければならないとされている。しかるに、被告木村は、昭和五三年三月二七日、当時所属していた工務部調達課から営業本部西日本営業部設備課への転勤命令を受け、被告石井は、右同日、当時所属していた設備部設計課から厚木商品センターへの転勤命令を受けたが、右被告両名は、転勤命令発令後も、命令に従わず、転勤先の職場において勤務に就かなかつた。両名の右行為は、給与規定第三条所定の無断・無許可欠勤による不就労に該当するところから、原告会社は、右給与規定の定めるところに従つて昭和五三年五月分以降、家族手当を除く給与を支給しなくなり、昭和五四年六月の懲戒解雇時に至つた。なお、被告木村については、家族手当月額四〇〇〇円が支給されていたが、被告石井は、受給資格を欠き、支給されなかつた。
2 被告矢野について
原告会社は、研究開発部開発第二課に所属していた被告矢野に対し、昭和五三年一二月八日営業本部販売促進課への配転命令を発令したが、被告矢野は右命令発令後もなお新しい配置に就こうとしなかつた。このような被告矢野の行為は、給与規定第三条の無断・無許可欠勤による不就労に該当するため、原告会社は右給与規定の定めに従い、被告矢野に対して、昭和五四年一月分以降、給与を支給しなくなり、昭和五四年六月の懲戒解雇時に至つた。なお、被告矢野は、手当については受給資格を欠き、支給されなかつた。
3 被告大室、同濱、同大山および同本多について
被告大室、同濱、同大山および同本多は、昭和五三年一一月一一日、森川巽社長に対して暴行に及び、昭和五四年六月一四日付で懲戒解雇となつた。右暴行事件により、右被告四名は、昭和五五年六月二七日、東京地方裁判所において、いずれも懲役八月執行猶予三年の刑の言渡しを受け、昭和五七年二月一日、東京高等裁判所において、控訴棄却の判決を受けている。
(一) 前記暴行事件の容疑により、被告濱、同大山および同本多は、昭和五四年一月一〇日、被告大室は同月一一日、それぞれ原告会社において逮捕され、同月一六日、右被告四名から同文のコピーに氏名、日付、弁護士名を記入した「休暇届」なる文書が提出された。しかし、被告濱が二日間の有給休暇を残していたほかは、有給休暇のある者はなかつたため、原告会社はこれを欠勤として処理した。被告濱については二日間を有給休暇として扱つた後欠勤とした。
(二) 右被告四名は、昭和五四年一月三一日、起訴され、起訴後も引続き勾留され、出勤しなかつた。このため、就業規則第一三条二号により、被告大室、同本多は同年三月一二日付、被告濱は同月一三日付、被告大山は同年四月一二日付で、それぞれ休職となつた。
(三) 同年五月七日、右被告四名は、二、三日前に保釈となつたといつて、突然出社してきた。原告会社は、休職発令中であるので、連絡するまで出社しないよう申し渡した上、右被告四名の今後の取扱いについて協議した結果、就業規則にもとづき、休職発令を解いて、就業禁止とすることとし、各被告にその旨伝えた。右被告四名は、右就業禁止を解かれることなく、同年六月の懲戒解雇時に至つた。
(四) 原告会社においては、給与は、月給制であり、前月二一日から当月二〇日迄の分を当月分として毎月二五日に支給する定めとなつている。
原告会社は、右被告四名に対し、右(一)項記載の昭和五四年一月の逮捕に続く欠勤期間中も通常どおり給与を支給してきたが、右(二)項記載の同年二月一日以降の欠勤は、無断・無許可で且つ出勤の見通しもたたない欠勤として、給与規定第三条所定の給与を支給しない場合に該当するところから、これについては家族手当・住宅手当を除く給与を支給しなかつた。
次に、休職発令後は、給与規定第二一条但書により「給与に代えて支給する休職手当」を支給しなかつたし、就業禁止期間中の給与については、右被告四名が懲戒解雇となつたため、就業規則第八〇条二項、給与規定第三条の趣旨に従つて支給することなく終つた。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1、2のうち、各転勤命令及び配転命令が発令されたことは認めるが、その余の主張は争う。
原告会社は、同被告らに対する転勤命令、配置命令以降懲戒解雇までの間、同被告らは無断・無許可欠勤であつたと主張するが、賃金の不払いは配転命令後一定期間経過した後に開始されていることからも明らかなとおり、給与の不支給は極めて便宜的であり、原告会社の就業規則あるいは給与規定の適用は恣意的である。
2 同3(一)のうち、同被告四名が原告会社主張の日時場所において逮捕された事実、同被告四名から原告会社に対し、昭和五四年一月一六日「休暇届」なる文書が提出された事実は認めるが、その余の事実は不知。同3(二)の事実は認める。同3(三)のうち、原告会社が、同被告らを就業禁止とし、同被告らが就業禁止を解かれることなく懲戒解雇時に至つた事実は認める。同3(四)のうち、原告会社が同被告らに対し、昭和五四年一月の逮捕に続く同月中の給与を支給したが、同年二月一日以降の期間は、家族手当・住宅手当を除く給与を支給しなかつた事実は認める。
原告会社は、給与規定三条但書により、右被告四名に対し、同被告らが起訴された昭和五四年一月三一日から右各休職発令日までの給与を支給しないというのであるが、右被告四名の休業は無断・無許可によるものではなく、現に、原告会社においてもそのことを認めて、逮捕日から右起訴までの間は、右被告四名に対して給与を支給していたのであるから、右被告四名に対し、起訴日から休職発令日までの間給与を支給しないという原告会社の取扱いは、給与規定上の根拠を欠くといわなくてはならない。
また、原告会社は、同年五月九日、右被告四名に対し、就業規則八〇条に規定する就業禁止を命じたが、同日以降同年六月一四日右被告四名に対し「懲戒解雇」がなされるまでの間の給与も支払われていない。しかしながら、右の就業禁止は労務の提供を行なわんとする右被告四名に対する原告会社の都合による受領拒絶であり、この間の給与は当然支払われるべきものである。ちなみに就業規則八〇条二項は懲戒解雇者に適用することはできず、原告会社の不支給には就業規則上の根拠はない。」
【判旨】
一立替払
1 請求原因1の事実、被告らが原告会社の従業員であつた事実および被告らが原告会社から懲戒解雇の通知を受けた事実はいずれも当事者間に争いがない。
2 <証拠>によると、被告らは、別紙立替一覧表・各被告対応表記載の期間、原告会社の従業員であり、且つ健康保険および厚生年金保険の被保険者であつたこと、各被告が、右各被告対応表記載の各月分として負担すべきであつた健康保険料および厚生年金保険料の金額は、右各被告対応表該当欄記載のとおりであること、右各被告対応表記載の各月分として納付すべきであつた地方税の金額は、右各被告対応表該当欄記載のとおりであること、原告会社は、各被告の右健康保険料、厚生年金保険料および地方税について、右各被告対応表該当欄記載の金員の支払いをなしたことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
二相殺
原告会社と各被告との間において、別表二・各被告対応欄記載の各賃金不払開始日から解雇の意思表示の日までの期間、雇用関係が存続していたこと、当時の各被告の基本給が別表一・各被告対応欄記載のとおりであることはいずれも当事者間に争いがない(なお、役付手当についてはこれを認めるに足りる証拠がない。)。
被告らが原告会社に対し、本件口頭弁論期日において、それぞれ原告会社に対し、別表一・各被告対応合計欄記載の金額の賃金債権をもつて、原告会社の本訴請求債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をなしたことは当裁判所に顕著である。
三給与の不支給
1 被告木村、同石井および同矢野について
<証拠>によると、原告会社においては、転勤を命じられた従業員は発令の日から七日以内に赴任しなければならないとされていること、被告石井および同木村については昭和五三年三月二七日、被告矢野については同年一二月八日をもつて、それぞれ原告会社主張の転勤命令、配転命令が発令された(右転勤命令、配転命令が発令されたことは当事者間に争いがない。)が、右各被告はいずれも赴任せず、原告会社の命じた勤務に就かなかつたこと、原告会社は、右各被告が転勤命令、配転命令を拒否して、配転先において勤務に就かなかつた行為を、給与規定第三条但書所定の無断・無許可による欠勤に該当するものとして、各被告につき、発令後七日に該当する日(被告石井および同木村については同年四月三日、被告矢野については同年一二月一五日)を含む給与計算期間(前月二一日から当月二〇日迄)に次ぐ給与計算期間(被告石井および同木村については同年四月二一日から始まる同年五月分、被告矢野については同年一二月二一日から始まる翌年一月分)から、それぞれ家族手当を除く給与の不支給を開始したことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
以上認定した事実によれば、原告会社が右各被告に対し家族手当を除く給与を支給しなかつた措置は、給与規定を正当に解釈し、適用したものというべきであり、何ら恣意的なところはない。
2 被告大室、同濱、同大山および同本多について
(一) 被告大室、同濱、同大山および同本多が、被告大室を除く各被告については昭和五四年一月一〇日、被告大室は同月一一日、それぞれ原告会社において逮捕されたこと、右被告四名は、同月一六日、原告会社に対し、「休暇届」と題する文書を提出したこと、右被告四名は、同月三一日起訴され、起訴後も引続き勾留されていたことはいずれも当事者間に争いがない。
右争いがない事実に、<証拠>を総合すると、原告会社は、右被告四名から提出された「休暇届」と題する文書に「近くこの勾留もとけると思いますので、とけしだいただちに出勤いたします。」とされていたため、逮捕後も敢えて無断・無許可による欠勤とすることなく、通常の欠勤扱いとするにとどめていたこと、しかるに右被告四名が前記日時に起訴されるに至つたため、当分の間出勤の見通しがたたない欠勤であることが明らかとなつたものとして、給与規定第三条但書所定の無断・無許可による欠勤とし、起訴日の翌日である同年二月一日以降の給与の不支給を開始したことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
以上によれば、起訴日の翌日以降の欠勤について、給与規定第三条但書所定の「無断・無許可による」ものであるとした原告会社の措置は、同規定の正当な解釈・適用にもとづくものというべきである。
(二) 原告会社が、被告大室および同本多については同年三月一二日、被告濱については同月一三日、被告大山については同年四月一二日をもつて、それぞれ休職発令をなしたこと、原告会社は、同年五月七日出勤してきた右被告四名に対し、同月九日をもつて就業禁止としたこと、右被告四名は、就業禁止を解かれることなく、同年六月の懲戒解雇時に至つたことは、いずれも当事者間に争いがなく、また<証拠>によると、原告会社は、右就業禁止の期間中、就業規則第八〇条二項にもとづき、右被告四名に対して給与を支給しなかつたことを認めることができる。
ところで、<証拠>によれば、就業規則第八〇条二項は、懲戒処分の決定に至る迄の間就業を禁止する場合について、「出勤停止、諭旨解雇に該当しなかつたときはその就業禁止期間中の給料は就業したものとして支給する」旨規定し、「懲戒解雇」の文言は存しないが、同項の規定の趣旨からして、出勤停止、諭旨解雇より以上に重い懲戒処分であり、また「予告期間を設けず且つ予告手当及び退職金を支給しないで解雇する」懲戒解雇に該当したときに就業禁止期間中の給料の支給を要しないことは極めて明らかであるものというべきである。
そうすると、就業規則第八〇条二項の趣旨にもとづき、就業禁止期間中の給与を支給しなかつた原告会社の措置は、正当であつたものといわなければならない。
3 右1、2項に判示したところによれば、被告らは、その相殺に供せんとする賃金債権を有しないものというべきであり再抗弁は理由がある。
四不当利得
以上判示したところによれば、被告らは、原告会社の出捐によつて、各被告が法律上負担もしくは納付する義務を負つていた右各被告対応表該当欄記載の健康保険料、厚生年金保険料および地方税の支払いを免れたものであつて、原告会社の損失により法律上の原因なくして利得したものというべきである。
そして、一の2項冒頭掲記の各証拠に弁論の全趣旨を総合すると、被告らは、遅くとも、最後の立替払がなされた昭和五四年七月六日までには、右2項記載の利得を知り、且つ利得が法律上の原因を欠くことを知つていたものと認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そうだとすれば、不当利得返還請求権にもとづき、社会保険料および地方税の立替分およびこれに対する遅滞後である昭和五四年七月七日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による法定利息の支払いを求める原告の請求は理由がある。
(落合威 樋口直 杉江佳治)